(朝鮮日報日本語版) 【萬物相】名前を記憶する国、忘れる国(朝鮮日報日本語版)



 ソウル市西大門区延禧洞のそばに連なる鞍山の稜線に「スミス・リッジ」という別名があることを最近知った。ここでは6・25(朝鮮戦争)の際、北朝鮮軍と激しい戦いが繰り広げられた。仁川上陸作戦に成功した国連軍は延禧高地の戦いに勝利したことで、中央庁に太極旗(韓国の国旗)を掲げることができた。しかし、味方の被害も大きかった。中でも米海兵隊第5連隊D中隊は、全滅同然になりながら高地を奪い取った。中隊長H・J・スミス中尉は、最後の突撃を率いて戦死した。

 在韓米陸軍の中核に当たる議政府の第2師団基地は「キャンプ・レッドクラウド」と呼ばれていた。アメリカ先住民出身で6・25に参戦したミッチェル・レッドクラウド伍長の名前を付けたものだ。彼は平安道の清川江で夜間歩哨に立っていたとき、中国軍の大規模奇襲に見舞われた。自動小銃で応戦し、負傷すると自分の体を木に縛り付けてこらえながら、なおも応戦を続けた。彼が時間を稼いだおかげで米軍は反撃に乗り出し、中国軍の奇襲は失敗に終わった。翌朝、8発の銃弾を浴びて戦死した彼の周りには、中国軍兵士の遺体が足の踏み場もなく横たわっていた。

 先進国であるための基準は幾つも挙げることができるが、そのうちの一つに、国のために命をささげた人の尊い名前を記憶しているというものがある。坡州のキャンプ・エドワーズ、大邱のキャンプ・ジョージ、竜山のキャンプ・コイナーはいずれも6・25参戦兵士の勇気と犠牲をたたえた名前だ。ロンドンのセントポール大聖堂には、第2次世界大戦で英国のために戦死した米軍兵士2万8000人の名前が記された本が展示されている。聖堂では毎日、この名簿を1ページ、1ページめくって、戦死者の名前が日の光を見られるようにしているという。

 10月19日、平沢米軍基地に韓国系兵士の名前を冠した病院がオープンした。「キム・シヌ軍曹軍救急医療センター(SCMH)および歯科クリニック」だ。キム軍曹は2007年のイラク戦争に衛生兵として参戦した。あるとき、移動中に敵から手りゅう弾を投げ付けられ、キム軍曹は自分の身を投げ出した。キム軍曹のおかげで大勢の戦友の命が守られた。命名式には在韓米第8軍の司令官も出席した。

 米国ロサンゼルスには「キム・ヨンオク中学校」という公立中学校がある。第2次大戦時に欧州戦線で戦功を立て、6・25にも参戦した韓国系のキム・ヨンオク大佐をたたえて名付けられた。彼は孤児、乳幼児、高齢者、貧しい人々のために晩年をささげた。キム・ヨンオクの物語は2011年に韓国の小学校の国語教科書に載ったが、一昨年に削除された。キム・ヨンオクが米国市民権を持つ人物で、米軍の将校として6・25に参戦したことが問題にされたという。社会が誰かの名を呼び、記憶するのは、共同体に尽くしたその人物の精神を伝承しようとする行為だ。それは共同体を守る道だ。韓国にも多くの名前がある。にもかかわらず名前を忘れ、辱め、消し去っている。まだ残っている名前はどれほどあるだろうか。

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